
こんにちは、さいです。
このシリーズをここまで読んでくださって、ありがとうございます。
前回は「たつき先生が2011年の予知夢を“忘れていた”ことが、むしろ安心のヒントになるかもしれない」というお話をしました。
今回は、その不安と向き合うなかで、私自身が感じた「備えの甘さ」や「気づき」についてお話ししたいと思います。
- 🌪不安の渦中で、自分の備えを見つめてみた
- 📝気づいた“足りない備え”たち
- 💬正直、くやしかった。情けなかった。
- 🌱“不安”は、自分を整えるチャンスかもしれない
- 🕯「もし何も起きなかったら?」──それでも、備えてよかったと思える未来へ
- ✨次回予告:【第4回】「未来は“当てられるもの”じゃなく、“選べるもの”かもしれない」
🌪不安の渦中で、自分の備えを見つめてみた
「7月に何かが起きるのでは」
そんな予測や噂を目にしてから、私は恐怖で胸がいっぱいになりました。
娘の寝顔を見ながら、「今、地震が来たらどうやって守れるんだろう…」
そんな考えが頭から離れなくなったのです。
もちろん、最低限の防災意識はあったつもりでした。
- ハザードマップは確認していたし、
- 水や食料のストックもある程度はしていたし、
- モバイルバッテリーや懐中電灯も揃えていました。
でも、実際に「本当にやばいかも!!」と感じたとき──
私の備えは、まったく足りていなかった。
そんな現実を突きつけられた気がしたのです。
📝気づいた“足りない備え”たち
✅ ① 娘を担いで逃げる体力がない
何よりショックだったのは、
「逃げる」シーンを想像したとき、娘を抱えて走れる自信がなかったこと。
子どもは大切、命は守りたい、と思っていても、
実際に動ける体じゃなかった…。
これは、言葉以上に深く突き刺さりました。
今の私では、自分どころか大事な娘を守れないかもしれない…
✅ ② 夜中の避難に適した装備がない
真夜中の地震を想定して、寝巻きで飛び出せるか?と考えると、
- さっと着られる防寒対策の服
- 足を守る靴やスリッポン
- 防災リュックの位置と中身
…これらが**“実際の動作”として準備されていなかった**ことに気づきました。
✅ ③ 逃げるルート、逃げ場所を家族と共有していない
夫と娘と私、それぞれが「どこに逃げるか」をちゃんと話していなかった。
夜中にバラバラになったら?
娘が幼稚園にいる時間帯に起きたら?
そう思うと、“頭の中の備え”と“現実的な対策”は全く違うことを実感しました。
💬正直、くやしかった。情けなかった。
「私はちゃんと準備してきただろうか」
そんな問いが、胸に重くのしかかりました。
でも同時に、この“不安”があったからこそ、ようやく
今の自分に足りないものを見つめることができた。
そうも思いました。
🌱“不安”は、自分を整えるチャンスかもしれない
私たちは、何かを怖れたとき、
つい「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせてやり過ごそうとします。
でも、本当に大事なのは、
「大丈夫じゃなかったかもしれない自分」に目を向けることかもしれません。
そしてそこから、
体力づくりを始めてみる
家族と避難ルートを話し合ってみる
寝巻きを災害対応できるよう見直す
…そんな風に、少しずつ行動を変えていくことで、
“怖い”が、“強くなれる材料”に変わっていくんだと思います。
🕯「もし何も起きなかったら?」──それでも、備えてよかったと思える未来へ
私は、こうも思いました。
「もしこの7月を無事に生き抜いて、8月を迎えられたなら──
私はもっと強く、“人のために生き直そう”って思った。」
怖かった。でも、その分、自分の弱さも、愛する人の存在も、
日常のありがたさも、全部しっかり感じられた。
それだけでも、今回の不安に向き合った意味はあったと思えるのです。
✨次回予告:【第4回】「未来は“当てられるもの”じゃなく、“選べるもの”かもしれない」
最終回では、「予知夢」や「予測」だけに頼らず、
自分の心で“未来をつくっていく”という考え方について書いてみたいと思います。
この7月がどんな一ヶ月だったとしても、
私たちが“自分の軸”を取り戻すための小さな希望となりますように。
→【第4回はこちら(※リンクは後で追記します)】
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