
「亡くなった人の話は、いつまでもするな」
そんな言葉に、私は何度も傷ついてきました。最愛の母を亡くした悲しみ、そして、母との思い出を誰かと共有したいという、ごく自然な気持ちを否定されたような気がして…。
母が亡くなってから、もう20年以上が経ちます。それでも、ふとした瞬間に母を思い出し、誰かに話したくなることがあります。「母は、こんな人だった」「一緒に、こんなことをした」…そんな、たわいもない思い出話を。
私にとって、母との思い出を語ることは、母への弔いであると同時に、自分自身の心を癒すために必要な時間だったと思っています。
しかし、周りの人たちは、必ずしもそうではありませんでした。「いつまで経っても、亡くなった人の話ばかり…」そんな心無い言葉に、どれだけ傷つき、苦しんできたことか。
その結果、私は、母のことを自由に話せないまま大人になりました。「もし、母がいてくれたら…」そんな叶うはずのない願いに、ずっと縛られ続けてきたように思います。
もしかしたら、私はADHDやアダルトチルドレンといった、何らかの発達障害を抱えているのかもしれない…。そう疑うほど、生きづらさを感じてきました。心の中は、いつも不安と孤独でいっぱいでした。
今、強く思うのです。母を亡くした直後、もっと自由に母のことを話し、思い出を共有できる環境があれば、私の人生は、もっと違ったものになっていたかもしれないと。
亡くなった人の話をするのは、決して「過去に囚われている」ことではありません。それは、故人を偲び、その存在を心の中で大切に思い続ける、愛情表現の一つなのです。そして、残された私たちが、悲しみを乗り越え、前を向いて生きていくために必要なプロセスなのだと、私は思います。
もし、今、大切な人を亡くし、深い悲しみの中にいる方がいたら、どうか、自分の気持ちを押し殺さないでください。亡くなった方の話を、たくさんしてください。思い出を語り、涙を流し、そして、少しずつでいいから、前を向いて歩いていきましょう。
そして、周りの方々へ。もし、あなたの周りに、大切な人を亡くした方がいたら、どうか、その気持ちに寄り添い、話を聴いてあげてください。亡くなった方の話をすることは、決してタブーではありません。むしろ、残された人々にとって、かけがえのない癒しの時間なのです。
この文章が、私と同じように、大切な人を亡くした経験を持つ方々の心に、少しでも寄り添うことができれば幸いです。そして、亡くなった方の話を、もっと自由に語り合える社会になることを、心から願っています。
紗衣ᵕ̈*
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